子どもが生まれる前、僕は「主夫になる」と決めた。
そして、できるだけ準備をしておこうと思った。
いま思えば、その“準備”は、ほとんど育児の予習というより、
助産師の師匠――つまりパートナーに課せられた、
本気の修行のようなものだった。
まず最初に渡されたのは、マンガ『コウノドリ』だった。
「私の職場の話だから読んでおいて」
軽い口調だったけど、拒否権はなかった気が…する。
読み始めたら、これがもう止まらない。
気づけば一気読み。
ドラマ版も観て、勝手に「出産・周産期の世界」を覗き込んだ気になっていた。
医療現場の緊張感、命の重さ、家族の葛藤――
画面のこちら側で、僕はすっかり“勉強したつもり”になっていた。
(いま思えば、完全に予習で自己満足している修行生である。)
次に手渡されたのは、『妊娠中のごはん』が書かれたレシピ本だった。
「食事管理よろしく」
そう言われた瞬間、
“主夫見習い”の僕は、勝手にクエストを受注していた。
正直に言うと、僕はもともと料理が好きなタイプではない。
どちらかというと、できれば避けたい分野だった。
それでも、覚悟を決めた。
必要に迫られて、少しずつ学んでいった、というのが実情だが、
今思えば良い機会になったと思う。
栄養バランス、塩分、鉄分、葉酸――
今まで気にしたことのないワードが、次々と目に飛び込んでくる。
レシピ本を片手に、
買い物リストを作り、献立を考え、キッチンに立つ日々。
「失敗したら母子に影響があるかもしれない」というプレッシャーは、なかなかの重さだった。
(ちなみに今では、一般的な家庭料理ならだいたい作れる。
でも正直、面倒だからできればやりたくない。笑)
そして極めつけは、親戚の家に連れていかれた日のことだ。
そこには、生まれたばかりの本物の赤ちゃんがいた。
「はい、オムツ替えてみて」
心の準備もへったくれもない一言。
小さくて、柔らかくて、壊れそうで、
なのに泣き声だけはめちゃくちゃ強い存在を前に、
僕は完全にテンパった。
テープの位置はこれで合っているのか。
足はどう持つのが正解なのか。
そもそも泣かせたままでいいのか。
頭では“コウノドリで見た知識”がうっすら浮かぶのに、
手はまったく言うことを聞かない。
冷や汗をかきながら、なんとかオムツ交換を終えたとき、
僕は確信した。
——これは、マンガやドラマの中の話ではない。
こうして僕の“修行の日々”は、少しずつ――しかし確実に――本気モードへと切り替わっていった。
そして、修行は料理やオムツだけでは終わらなかった。
次に僕を待っていたのは、「命そのもの」と向き合う時間だった。

